2020年04月

謎の感想文

先日自分の部屋を整理していた時のこと。
A4の紙1枚にワープロで印刷された、感想文のようなものが出てきました。

高校生だった自分が書いたものであるのは明らかでした。
これが十数年経った今になって見つかるとは、少しこっぱずかしい。。。

どうせ面白かったとしか書いていないんだろ? と思って読んでみると意外としっかり書かれている
でも、肝心の演劇のタイトルがどこにも書いていないのでした!

書かれている情報としては
○おそらく高校のホールで加藤健一事務所が公演したものであること。(「木の皿」という演劇も見たらしい)
○ロボット女優「ジェシー」を演じているのが加藤忍さん

検索をかけてみると、すぐに見つかりました。
この演劇は「コミックポテンシャル」という題名のようです。
イギリスの劇作家アラン・エイクボーンさん(1939年- まだご存命!)が書いたこの物語。
内容は、ロボットと人間の駆け落ちを描いているようです。



私の感想文によると、当時この演劇をみて「最初は人間が操作するのに合わせて本当にロボットのようにしか発声しなかったアンドロイドの女優(アクトロイド)「ジェシー」が、後半にかけて感情が芽生えるにつれ人間のように変化していく。それをしっかり演じていた加藤忍さんの演技が、とても印象に残った」ようです。

こう書かれていると見たくなるなぁ……。どこかで公演していないかな……。



人間の心はアンドロイドよりも人間に近いのか?

この演劇のテーマはのひとつに「人間の心は、アンドロイドよりも人間に近いのか?」という問いかけがあります。

ここで、アンドロイドのことを「機械」と定義してみます。機械は一般的に、プログラムに従って動作します。プログラムに書かれていないことは、何もできないし、プログラムに書かれている内容にエラーがあれば、そこで動きが止まります。誰かが書いてくれて与えてくれたプログラムをインプットしてくれないと、アンドロイドは行動することができませんし、ただ与えられたプログラムを解釈して行動するだけのアンドロイドになんて、心などあるはずが無いと言えます。

しかし人間の場合も、与えられた“何か”がなければ動くことができないのではないかと考えます。子どものころから学校に通い、学校生活で集団の中でどのように生きるかをプログラムされ、人間としての常識・知識をインプットされ、メディアやSNSで情報をインプットされ、流行りのファッションや食べ物に食いついて、それをまた映えるように自撮りして、知らない誰かに情報をアウトプットしているではありませんか。実は人間も、誰かによって作られたプログラムを無意識のうちにインプットされていて、それによって行動していると考えれば、アンドロイドと何が違うのでしょうか

我々人間も、与えられたプログラムがあり、それを自分の中で消化し、心が成り立っていると仮定すれば、決してアンドロイドには心が無いとは言えません
乱暴な言い方をすれば、人間は機械と同じ……いや、むしろ多くのプログラムをひたすらインプットされ、効率よく動作するアンドロイドのほうが、人間をはるかに超えた「心」を手に入れることだって不可能ではないはずです。意外とそんな未来がもう間近に迫っているように思えてなりません。

私がこの演劇を見てから10年を超える月日が流れ、いまや我々の生活は情報というプログラムに支配されてしまいました。
インターネットにあふれる情報、スマートフォンで自分の見たいこと、知りたいことが、あっという間にわかる時代。
情報があふれ何が正しいのかがわからず、流されるままに今を生きるだけの、空っぽな人間になってしまわぬように。
我々一人一人が正しい情報を知ろうと行動し、自らの考え、行動することが、今後も大切だと感じます。
たった1枚の紙に書かれていた感想は、少しだけ大人になったと思われる自分に、いろいろ考えさせてくれました。
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コロナウィルスの影響で、13日から在宅勤務が始まりました。

職場のPCにリモートで接続していますが、会社側の回線が細いので、スムーズに仕事ができません。
(メモ帳の一文をコピーするために[Ctrl]+[C]押したら、選択範囲が消えて「c」だけ残りました。)

家からいつでもPCつなげるから、際限なく仕事したくなるし。
なんかプライベートと仕事がごっちゃになっている感じがします。

慣れるまで、がんばりますかー。。。
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